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2008年2月14日 (木)

男女が互いを尊重し対等に生きるために

児童心理 2008年3月号

特集 男の子問題 

どうする? 男の子の育て方

男女が互いを尊重し対等に生きるために

                中村 彰

刷り込まれる男の子の望ましい姿

仲間五人で、一九九〇年代初頭に、メンズリブ市民活動を立ちあげた。今風に言えば、男女共同参画社会基本法の主旨を男性の側から推進する取り組みである。

 私たちが目指したのは「男たちの井戸端会議」であり「相互カウンセリングの場」だ。

男どうしで延々は話し合うのである。仕事の明け暮れから抜け出て家庭や地域で自分の場を確保し、趣味の活動やボランティアにもかかわる。多様な自分を楽しめる場を目指そうとしたのである。

 活動を始めたばかりのころ、幼いころの思い出話になった。成育歴はさまざまなのに、記憶に残る一番古い(?)エピソードが共通していた。幼いころ、転んで泣いていたら、近所の人に、「ボク男の子でしょ!」と声かけられた。「男の子は泣いてはいけません」「男の子なのにうれしそうにはしゃぐな」「ボクは男の子なのだから、強くなければ」「ボクは男の子なのだから、がまんしなければ」という学習の始まりだった。男が生きるとは何か。ツッパリ人生を生きることを世間が求めていることを、いろんな機会に学習しながら育つ。

仲間のひとりは、小学一年生のころの思い出を語っている。男の子たちが、すぐ蹴ったり、たたいたりするのがいやだった。「男の子だから多少乱暴でもいい」。そんな風潮がきらいだった。

 私たちが歩んできた歴史や文化、そのなかで育まれた芸術のなかで、私たちは繰り返し男性の生き方として「強く、リーダーシップをはかる」ことを望ましい姿として刷り込まれてきた。いまも、文学や新聞、テレビなどが伝え続けている。劇画も漫画もそのパターンで描かれている。

 思うに、日本という社会は暴力容認社会だ。子どもの世界のイジメ。企業社会にも「職場のなかのイジメ」が存在する。権力による弱者の支配である。同質性を重んじる気風が、それを後押ししている。

 そうした日本社会のなかで、悪いことという認識を薄れさせている。犯罪として成立しない所以である。

感情表現が苦手な男の子

このような価値観の中で育つと、男性優位の発想が根付き、女性をコントロール下に置くことを是とする風潮を生みだす。自分の考え、感情を相手に伝える努力をしないで、思い通りにならなかった時に怒りが爆発し暴力となる。

男の子は、そのなかで、悲しさも暴力、怒りも暴力で、と感情を暴力で表現するよう訓練を受けているようなものだ。だから『男には暴力が許されている』と見られやすい状況がある。大人たちも、たとえば、職場で感情をあらわにするとマイナス評価に結びつく。ますます表面上は自分の感情を殺すように毎日自己訓練している。

 人間は一回自分の感情をのみこんでしまうと、だんだん自分自身でも自分が何を考えているか、自分の本当の感情というものが分からなくなる。反論したいのに言いこめられるのが怖くてニコニコして賛成してしまったり、ひどく腹を立てているのに、ニコニコしている。そして、突然、堪忍袋の緒が切れる。するとパチンと手が出る。

 ある男性は、幼い息子に「そんなことしてはダメだよ」と諭した。なかなか改めようとしない息子にいらだち、手をあげてしまった。やさしく諭されていた幼児は、笑っていた父親から突然たたかれたのでパニックだ。

こんな体験から、彼は「怒り」を自己規制したが、そのころ、出会ったのがダニエル・J・ソンキンほか『脱暴力のプログラム』(青木書店)だった。「怒りと暴力は別のもの。問題は怒りの表現の仕方だ」というメッセージが記されていた。

 中学生の男性から相談を受けたことがある。

 学校でのイジメである。男子生徒も女子生徒もイジメにあうが、男子生徒の場合、自殺にまで追いやられることもケースが多い。「男なのだから、耐えて我慢しよう。それが男だよね。」そんなこだわりが、死にまで追いやってはいないか。

 勇気をもって、訴えたとしよう。「ぼく、学校でパンツを脱がされるイジメにあっています。助けてください。」と。

 この場合、教師や親は、どのような声がけを男の子にするだろうか。「お前が、男らしくないから、イジメにあうのだ。」こんな一言が,被害者である男の子に浴びせられる。痴漢にあった女性が「あなたの服装が悪い。」などと言われてきたのと共通する問題だ。

男の子たちは「話さなければよかった。自分は男らしくないダメ人間なのだ。」と自己否定してしまう。ここでも、感情を殺す仕掛けが用意されていたということになる。

 コミュニケーションを苦手とする男性が多い。感情表現と言い換えてもいい。

 自分が何をしたいのか。相手に何をしてほしいのか。うれしいのか。かなしいのか。いまの気持ちを、すなおに相手に伝えることを苦手とする。つきあいベタの男たちがいる。

 子どものころから、男女がたがいを尊重し対等に生きることを学ぶ人権教育をし、また、コミュニケーション能力を高め、感情豊かに生きる術を工夫することが大切だと考えている。

男女が互いに尊重しあえる関係づくりを

 一昨年四月から、私の居住地にある公民館の館長をしている。

 館長を引き受けてから、幼稚園や小学校、中学校とのかかわりも多くなった。公民館の取り組みの中に、園児や児童、生徒とかかわる試みも必要だと認識している。

 二〇〇七年三月、子どもの人権をめぐる講演会を企画した。「子どもを加害者にも被害者にもしたいために」をテーマに、「多様性の尊重と共存」や「脱暴力の生き方」を子どもたちに伝える人権教育の出前授業をしているNPO法人のスタッフに講演を依頼した。

 園児や児童、生徒の親世代に参加していただきたくて、学校や幼稚園に広報をお願いし、託児室を設けて、子どもをあずかる試みをした。

 また、公民館で「絵本読み聞かせ」を試みた。親子連れがたくさん参加してくれた。この日は、私も絵本の語り手として参画した。その縁で、いま、小学校の休憩時間を利用した読み聞かせのグループ「みんなの本箱」の一員としても活動している。

 公民館が関与した地域の体育祭において、中学生に出発係、放送係、召集係など体育祭のスタッフとして関わってもらっている。中学生体育祭スタッフ、絵本で出会った小学生との交流も心がけた。次年度は小学校高学年の児童にスタッフ枠を広げたいし、学校や幼稚園の運動会で子どもたちが演じた団体競技や演舞などを披露してもらうことを考えている。子どもたちから大人が元気をもらったり、教わることも多い。

 地域住民と子どもたちとのふれあい、園児や児童、生徒たち同士のふれあいなど、公民館という場を活用した取り組みも実施したい。

大阪の高校生で、エイズの啓発活動をしている子どもたちがいる。高校生や中学生に向けて呼びかけるパフォーマンス、公演を続けている。また、北海道の大学生が学園祭で、保健所と合同でエイズやデートDVの被害防止を訴える啓発活動を行った。ピア・エデュケーションと呼ばれているが、同じ世代同士での情報伝達システムだ。大人からの指導だと構えてしまうが、同じ世代同士なので、気心も伝えやすい。この仕掛けを、公民館と学校・幼稚園をスクラム組んで実現させたいと願っている。

高校生や大学生がピア・エデュケーションというかたちで人権を学ぶ試みの充実が望まれるが、もっと幼いころから「性別ではなく子どもたちひとり一人が違いを認め合い、活かし合う関係づくりを考える」人権教育を実施すべきである。CAPの活動や大阪府教育委員会が取り組んだ「こどもエンパワメント支援事業」、NPO法人SEANの「子どもの人権教育」などの実践事例がある。

家庭における親や家族の生き方が、暮らし方も大切だ。「自分が家族に愛されている」「望まれて生まれてきた」と実感できることで、「自分を大切にする」ことを学ぶといえます。赤ちゃん誕生、人の死を、しっかりと見つめる機会をつくることで、命の尊厳を実感できればいい。CAPの合言葉として「安心」「自信」「自由」がある。この三つに「誇り」を加えたいと思うが、これらのことを理解し、互いに尊重しあえる関係を生きる術を幼いころから学ぶことが大切である。

ありのままの自分を生きるために

NPO法人SEANは、一九九七年に保育サポートグループとして結成し、二〇〇一年に法人格を取得したNPO法人である。SEANはSelf-Empowerment Action Networkの頭文字で、ひとり一人が自ら行動を起こすことでエンパワメントし、つながることでさらなる行動を起こそうという思いが込められている。ありのままの自分を生きるために、そんな自分を活き活きと生きることができる社会をめざして、二〇〇二年、NPO法人SEANでは「ジェンダーと暴力」をテーマに人権教育SEAプログラムを開発し、未就学児から中高校生・大人まで年齢に応じた出前授業を請負っている。

【SEAプログラムの3つの柱】

Ⅰ.セルフーエンパワメント…自分の力を信じて歩みだそう!

Ⅱ.多様性の尊重と共存…みんな違って違いはステキ!

Ⅲ.非暴力の関係(社会)づくり…自分にもともだちにも強くやさしく!

 現代においても「男は強く、女はやさしく」という考えが、ジェンダー(社会的・文化的につくられる性差)規範として根強く残っている。

ジェンダー規範では、「男の強さ」は「力、泣かない、負けない、弱音を吐かない」、「女のやさしさ」は「気配り、控えめ、従順さ」として評価される。そして、女・子どもは弱く、ゆえに男は強くなって女・子どもを守り、女・子どもは守られるために男に従うものという構図が見られる。しかし、性別で決められたことに合わせるのは、誰にとっても生きにくいこと、その「らしさ」への抑圧から様々な暴力が生み出されている。このプログラムは、これ以上子どもたちが被害者にも加害者にもならずに、互いに認め合い活かし合える関係づくりを提供している。子どもの持つ力を信頼し、存在意義を認め、働きかけることでその力を発揮できる状態にすること。性別ありきではなく、子どもたちが互いのあるがままを受け入れ合い、その多様な可能性を認め合える心地よさや必要性を考えるきっかけづくりになればいい。

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